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コラム

2017.06 京の庭・京の広場 梅小路公園…800年を経て遊びの広場に生まれ変わった清盛御殿

梅小路公園 13.7ヘクタールという京都市内では得難い広大な土地が、緑の芝生広場として生まれ変わったのは1995年。遷都1200年記念事業の一つとしてJRの貨物駅を買収して梅小路公園の整備が行われた。他は新京都駅と京都迎賓館、京都コンサートホール等の建設だが、公園整備は他の事業ほどには費用がかかっていない。旧貨物駅の土地の買収費用ぐらいで、広域避難場所と指定されて当初はただの広場であった。要するに、お金が広大な土地という資産に変わったのであり、今はさらに資産価値を増やしていることだろう。

 ただの広場ではあったが、嬉しいことに真ん中に広大な芝生広場ができた。芝生だけで何もない。グラウンドやコートは無いので、野球やテニスの試合は出来ないが、遊びなら何でもできる。文字通り遊んでいる土地だから、有用なのである。時に遊びのリーダーと称するボランティアが、きっかけを作ったり誘導したりしてくれるが、テーマパークのような押しつけがましさや交通整備のオジサンのような強引さはない。だから、遊ばなければいけないわけではない。サンドイッチを食べていても良いし、ぼんやりしていても良い。『しなければならない』が一切ない。ある意味では無用だが無駄に過ごせる、貴重な空間と時間である。

 とは言っても、段々整備されて芝生広場の回りには、市街地の中で自然を提供してくれるビオトープな河原や緑豊かな人工の森が整備された。5年前には北側に京都水族館が、昨年には山陰線を挟んで京都鉄道博物館がオープンして、初代新幹線や歴代の蒸気機関車が並ぶ。懐かしい転車台が残存しているのは、今やここだけかも知れない。

 平安京遷都1200年記念事業で生れ変ったこの地は、その昔平清盛の館『西八條第』が在ったところで、その遺構は盛り土に被われたままだが、清盛が権勢を振るっていた往時は、その一門と合わせて50数戸の屋敷が立並んでいたと言われる。壇ノ浦合戦で平家が完全に滅亡し、平安時代が終わったのは1185年。戦乱無き世を願いつつも叶わなかった清盛の思いが通じたのか、800年を経てその館の地が『遊びの広場』として甦えったのである。(M)

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