コラム

2012年10月 京の水-高瀬川一之船入

 京都の歓楽街―木屋町を通って伏見まで流れ、やがて淀川に合流して大阪港に到る高瀬川。鴨川の傍流のみそそぎ川から清流を引いている。岸辺には桜・柳・紅葉が植えられ、小魚の魚影もあって絶好の親水空間である。

 江戸時代初期に角倉了以によって物流運河として開削され、江戸~明治時代を通じて、京都市内と大阪を結ぶ主要な物流手段であった。その物資運搬の始発駅がこの『一之船入』。復元された高瀬舟が浮かんでいる。
 水深わずか数十㎝のため、底を平らな造りにした高瀬舟を、マンパワーで側道(木屋町通り)を曳いていたそう
だ。

 物資だけでなく、時には遠島を言い渡された罪人も移送され、後に森鴎外の名作『高瀬舟』を生んだ。
 また幕末動乱期には、勤皇志士や新撰組の暗闘の場ともなり、夜毎のゆとり世代のカラ騒ぎをよそに、坂本竜馬や桂小五郎の銅像が超然と立たずんでいる。(M)
(高瀬川一之船入は、本社から徒歩20分の二条木屋町下るに位置します)

【2012年10月01日】

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