コラム

2016.11 京の食材 冷奴から湯豆腐へ…いつでもどこでも、どなたさんにも『京豆腐』

豆腐 晩秋の京都は、文字通り端境期である。お彼岸が過ぎて秋の訪れかと思いつつも、冷え冷えとしてくるのは11月になってからだろうか?紅葉が色づき始め、夏の間食べていた冷奴が湯豆腐に代わるのもこの頃である。
 勿論豆腐料理は、冷奴と湯豆腐だけではない。あんかけや和え物、ハンバーグや炒め物でもどんな具材とも良く合い、その上植物性蛋白質で健康的だから湯葉も豆腐スイーツも人気だ。つまり年がら年中、老若男女がこぞって豆腐の世話になっている。

 それでも豆腐は飽きない。こんなに食べても飽きないのは、白飯と豆腐ぐらいかもしれない。特に京都の豆腐は美味しい。東京を含めた地方の人が「これが豆腐!!!」と、その旨さに絶句し、京都人は旅先のホテルで食べた豆腐の不味さに絶句する。

 勿論、京豆腐の出来栄えには昔も今も京都の地下水が大きな役割を果たしているが、それに加えて製造者の努力と工夫が京都の豆腐の味をもたらしている。絹漉し豆腐のあのきめ細やかな触感は、凝固作用の強いにがりを避けて硫酸カルシウムを用いるようになってからである。
 そして、豆腐は日持ちしない。汲上げ豆腐が最も美味しいと言われるように、早いほど味が良い。だから、美味しい京豆腐は京都でしか食べられないのだ。朝早くに出来上がった豆腐は冷水の中で保管され、かつては注文の都度、水の中で一丁二丁と切り分けて売られていた。製造直売だから、豆腐屋さんは毎朝その日売れる分量を作る。残ったら、水桶にいれてリヤカー(RearCar)で売り歩く。つまりはその日のうちに売り切る。買った方も、手間をかけずにその日のうちに食べる。不満があれば翌日には、「昨日の豆腐なァ~…」と品質改善を促す。

 京豆腐は、動物性蛋白質に恵まれなかった京都人が、製造・販売・調理そして食べる人が一緒になって創ったインスタント健康食なのである。(M)

【2016年11月01日】

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