コラム

2017.04 京の庭・京の広場 京都御所…昔朝廷、今広場

京都御苑 広場は庭ではない。誰に対しても開かれている公共の場である。そこでは、若者は勿論、家族連れや高齢者の憩いの場であり、時にビジネスマンの休息の場にもなる。観光客が訪れたり、大学サークルのトレーニングやミーティングが行われていたりもする。つまりは、ルール違反でない限りは誰が何の目的に使ってもOKなのである。
 要は、不特定多数の人が集まることのできる場、一人でも集団でも目的があっても無くても過ごせる場として開放されているのが広場なのだろう。

 かつて、京都御苑は京都御所であった。政治権力の中枢であり、ヨーロッパやアジア諸国にあるような城ではなかったが、統治のための拠点であった。古代中国の周の時代には、大王の政務や儀式がもっぱら宮殿前の庭で日の出とともに早朝会議として執り行われていたことから、統治権力そのものが朝庭=朝廷となったものと思われる。
京都御苑 千本中立売辺りにあった京都御所は平安時代末頃から二転三転して、今の地に定まったのは南北朝時代のことである。その後足利義満や信長、秀吉が整備して明治維新まで続き、戦後の1947年、紫宸殿と仙洞御所等からなる京都御所以外は国民公園―京都御苑となって今の姿になったのである。こうしたプロセスを経て、かつて政治の場であった朝庭→朝廷が、24時間開放された広大な庭園でもある広場となった。

 以降早春の梅から始まって、桃、桜、木蓮、山吹…と、季節を問わず花が咲き誇り、紅葉、銀杏の秋と四季の変化を楽しめる。テニスや野球のスポーツや、器楽の練習の場となり、葵祭や時代祭の出発地ともなり、昨年4月からは紫宸殿等も常時一般公開されるようになって、多様な姿を持つ京都のシンボル空間として一層親しまれている。(M)

【2017年04月03日】

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