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2013/11/01

2013年11月 京のゲート 謎の『一口…いもあらい』

島原大門 『一口』と書くが、4月に紹介した『京の七口』の一つではなく、久御山町の地名である。『いもあらい』と読む。メッチャ訓読み!超強引!
 京都への大阪方面からの入り口にあたり、疫病の流入を防ぐための「斎む(いむ)祓い」がなまったものだろうと言われたりもしているが、はっきりしない。

 この一口地区の東側には、伏見桃山・宇治・城陽に至る巨椋池がかつてあった。木津川・宇治川・桂川が流入する広大な池である。秀吉以来幾たびも干拓工事が行われ、1941年にはすっかりその姿を消して、今はきれいに区画割された平坦な田んぼに変わった。
 この巨椋池の淀川への唯一の水の出口として『一口』はあったと、地形上は理解できる。
 その唯一の流出口で芋を洗った。今も「芋の子を洗うよう」と言われるように、凸凹した芋の泥を洗い落とすには流水で洗うのが最も手っ取り早い。現に対岸の城陽市は寺田芋の名産地ではないか。
 一口(いも洗い)とは「巨椋池の唯一の水の出口である一口で芋を洗った」から、その読み方がついたと、謎は解けた!!

 しかし、実は東京の靖国神社近くに今は芋洗坂と表記が変った旧名『一口坂…いもあらいざか』がある。その坂の上の神社が『疱瘡厄除け神社』。疱瘡をかつてはイモとも言ったとか。とすると疱瘡を払う→イモアライとも読取れる?…近くの法政大学の市ヶ谷キャンパスには「新一口坂」と名付けられた校舎が!学生さんが「芋洗い校舎」と由緒正しく呼んでいたら面白いね...(M)

(一口は国道1号線と京滋バイパスとの交差辺りで、本社より車で約25分です…写真は巨椋池排水機場)

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